「ボッチプレイヤーの冒険 〜最強みたいだけど、意味無いよなぁ〜」
第53話

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領主の館訪問編
<館訪問>



 作られたばかりの真新しい街道。そこを3頭の馬に乗った白いフルプレート・アーマー装備の騎士と1台の豪華な4頭立ての馬車が走る。普通のものより大きく、また華美な装飾により同じ規模の馬車に比べても更に重そうなその車体は、マジックアイテム”軽量積荷”による軽量化の効果と振動を吸収するサスペンションによりほとんどゆれる事はなく、その走りは舗装されていないむき出しの土の上を走っているにもかかわらず驚くほど安定していた。そしてその馬車を引く馬も普通ではない。一見鎧を着けた軍馬に見えるそれは4頭とも生物ではなく、全て恐るべき力を持った馬の形をした動像、アイアンホース・ゴーレムだった。

 「ギャリソン、あまり時間が無いし、再確認程度でいいからこれから会うカロッサ子爵という人の説明をお願い」
 「畏まりました、アルフィン様」

 その内部、外見同様豪華に飾られ、そして快適さを追求された車内ではアルフィンが同乗しているギャリソンから今向かっているカロッサ子爵の情報説明を再確認のために受けていた。

 「エルンスト・ケヴィン・ランベ・カロッサ子爵、彼は騎士の資格を持つ貴族です。領地を持つ貴族ではありますが帝国の中ではそれほど力を持つわけではなく、あまり中央とのつながりも無いようです。また、ボウドアの村人の話によりますと気さくな性格で領民には慕われているよい領主のようで、また領地が小さな村二つだけなので収入はそれほど多くなく、その生活は質素のようです」
 「なるほど、収入は少ないのに村人たちの負担は増やしていないのか。いい人みたいね、その人」

 話を聞く限り好感の持てる人物なんだろうなぁ。少なくとも自分の地位を傘に着て威張る人ではなさそうね。
 ギャリソンの話を聞き、まだ見ぬ領主に対する好感度を上げるアルフィン。ただカロッサ子爵が自分の地位を傘に着て威張る人物ではないというのは確かにその通りではあるのだが、税率を上げないのは彼の判断ではなく公平を期すようにという皇帝の考えによるもので、もしそれに逆らって領民を苦しめるような事をすれば、それを口実に家を取り潰される。だからこれに関しては帝国全ての貴族が守っていることであった。

 「はい。偵察のために領主の館に向かわせた者の報告とボウドアの村人からメイドたちが聞いた話を総合しますと、そのような人物と想像できます。ただ、得た情報の中で一つ疑問に感じるところがありました」
 「疑問?」

 ギャリソンの言葉に首をかしげ、聞き返すアルフィン。
 ここまでの話の中には特におかしな所はなかったし、前に城で聞いた時にもそのような報告は無かったはずだけど、あれから何か新事実でも解ったのかしら?

 「はい。これは今日訪れるという事で再度情報を精査している時に気付いた事です。カロッサ家は今代の子爵の親の時代にこの土地の領主に就任したようなのですが、どうやらその親、現カロッサ子爵からすると祖父に当たる者がこの国ではかなりの武勇を誇る者だったようなのです。前にアルフィン様自ら得られた情報でこの国は隣の王国と常に戦争をしているとのことでしたので、そのような武門の家系である子爵家がなぜこのような僻地の領主になったか、少々気になりまして」

 なるほど、言われて見れば不思議よね。何か問題を起こして飛ばされたというのならおかしな話ではないかもしれないけど、武勇を誇るとまで言われる人が飛ばされる程の事が過去にあったのならギャリソンが調べられないはずが無いもの。

 「う〜ん、でも武勇を誇っていたのは祖父の時代の事なのよね? それなら今の子爵の親が文官気質だったんじゃないの?」
 「いえ、どうやらカロッサ家は代々武門の家系らしく、今の子爵も前線に出ることは無いですが日々の鍛錬は欠かしていないそうです」

 そうなのか。未だに武門の家系らしい生活を送っていると言うのであれば、その親も同じ様な人物だったはずよね。

 「ここも一応国境近くだから他国からの侵略に備えてって考えられない事も無いけど・・・私たちの城の近くに国なんて無いものねぇ」
 「はい、わざわざ国境警備の貴族を置くには不自然な場所です」

 そう、私たちの城イングウェンザー城の近くには国どころか人が住む小さな集落さえない。というのも広大な土地は広がっているがその全ては草原で川も湖も無く、人が住むにはあまり適さない土地だからなの。まぁ、まったく無いと言う訳ではなく馬で走れば行ける程度の距離に川や湖あるんだけど人の足ではかなりの距離だし、水を飲むと言うだけならともかく生活用水を得るという考えからするとわざわざ好き好んでこんな不便な場所に村を作る人はいないと思う。そう考えると当然と言えば当然の話なのよね。

 「守る価値がそれほどない場所に戦争で武勲をあげそうな人を配置する意味は無いか。ならなぜなんだろう?」
 「解りません。だから疑問なのです」

 村には塀が無いほど魔物の出現率も低いし、ギャリソンが調べられなかっただけでやっぱり問題を起こして飛ばされたのかなぁ? ならきっと周りに知られたらとても恥ずかしいタイプの失敗よね。

 「ギャリソン。人には知られたくない過去って物もあるわ。この事には触れず、そっとして置きましょう」
 「はい、アルフィン様がそう仰られるのならばそういたします」

 軍事的な失敗ならいいけど、恥ずかしい系の失敗ならどんな事をしても隠したいというのが人のサガ。きっと書類で残す事も無いだろうし、知っている家人たちも絶対に口に出す事はないだろう。それならばギャリソンが調べられなかったのも頷けるし、何より私もそんな過去をわざわざ白日の下に晒すような悪趣味も持ってない。ここはそっとして置いてあげましょう。

 「ところで他には何か無いの?」
 「はい。あと伝えるべき事と言いますと、部下に騎士が二人と騎士見習いが三人居るという事くらいでしょうか。この騎士二人の内の一人がアンドレアス・ミラ・リュハネンと申す者で、彼が先日城の偵察をし、館に泊まった者だと言う事が判明しております」

 ああ、昨日館のメイドたちが話していた彼ね。

 「お酒と食事、それにお風呂が気に入っていたという彼ね。あの子達から聞いたけど、あの話からすると偵察の為に派遣されたなんて可能性、まったく無くなったわね」
 「はい、そのようで」

 昨日の食事の時に館のメイドたちから聞いた話を思い出して思わずほっこりとした気持ちになるアルフィンと、その姿を見て微笑むギャリソン。

 街道を調べる為にもう一泊したと報告を受けたけど、どう考えても食事とお酒、広いお風呂が目当てだったって話だものね。そう言えばエルシモさんもお風呂や食事に驚いていたし、今回は持て成すつもりでお酒も出したからなぁ。城も見に来たし、彼からすると豪華なホテルに泊まったちょっとした観光旅行気分だったんじゃないかな? 夜にお風呂に入ってビールを飲み、朝にもまた入って今度はスパークリングワイン。流石に最終日の朝はお酒を飲まなかったらしいけど、しっかりお風呂には入っていったって話だからね。食事の時も嬉しそうに食べていたそうだから、これからもボウドアにきた時は泊まりに来そうだね。いや、何か理由をつけては、その度にわざわざボウドアに来るようになったりして。

 「この世界の人たちとは争いたくないし、折角もてなしたんだから気に入ってくれたのなら何よりだわ」

 まぁ、そこまで喜んでくれたのなら悪い気はしないし、また来たら歓迎してあげなさいって思わずメイドたちに言ってしまったくらいだからなぁ。

 「そう言えばメイドたちによると私たちの飲んでいるお酒の内、殆どはこの世界にないらしいわね」
 「はい、どうやらそのようです」

 リュハネンという騎士さんが言うには、ワインはあるらしいけどラガービール(よく物語に出てくるエールビールはあるらしいけど、話によると酸化して少しすっぱい上に常温で飲むものらしい)もスパークリングワインも無いらしい。日本酒は言わずもがな、どうやらウィスキーやブランデーも無いみたいね。彼も気に入っていたと言う話だからきっと子爵も気に入ってくれるだろうし、各1本ずつくらいお土産で持って来ればよかったかなぁ。

 つい人の家を訪ねる時のお土産は甘いものと言う先入観で選んでしまったけど、相手は男の人なのよね。でもまぁ、持ってきてしまったものは仕方が無い。今更悔やんでも後の祭りよね。そう考え、これはもう考えないようにしようと心に決めるアルフィンだった。


 ■


 「お出迎え、ありがとうございます。都市国家イングウェンザーが支配者、アルフィン様一行の先触れとして参りました、サチコ・アイランドです」
 「アイランド殿、ご苦労様です」

 昨日とは違い到着とともに兜を取り、一礼をするサチコ。その騎乗していた馬にはこれまた昨日と違い、イングウェンザーの紋章(正確にはギルド"誓いの金槌”のだが)が描かれた小さな旗の付いたポールが鎧に付けられた旗立てに立てられていた。

 「後一時間ほどでアルフィン様が搭乗されておられる馬車が到着なさいます。こちらから申し上げる事ではありませんが、くれぐれも失礼の無いようお願いいたします」
 「解っております。貴賓として失礼の無いよう、御出迎えさせていただきます」

 サチコのある意味無礼とも取れる忠告に、リュハネンは丁寧に返答をする。それを確認したサチコは満足そうに頷き、

 「それでは私はアルフィン様の護衛に戻ります。それではまた後ほど。ごきげんよう」

 そう言うと彼女は兜をかぶり直して馬にひらりとまたがり、駆けていった。

 「昨日も思いましたが、颯爽としてますね、彼女」
 「そうだな、一分の隙も無く綺麗な姿だった」

 リュハネンの後ろで並んで出迎えていたライスターにヨアキムが感心したように言葉を掛けた。それに対してのライスターの返事は二通りの意味の取れるもので、その意味を正確に理解したリュハネンが渋い顔をする。その顔を見てにやりとするも、あまりからかうのもどうかと思い直してライスターは姿勢を正して彼に話しかけた。

 「リュハネン殿、イングウェンザーの方々のお出迎えですが私に任せてはもらえないでしょうか?」
 「それはどういう事ですか?」

 昨日の失態を思い出し、更に顔を渋いものにするリュハネン。先ほどの言葉から今度はアルフィン姫たちに見蕩れ、また失態を晒すのではないかとライスターが考えたのかと勘違いしたのだろう。これに対し、これは言葉足らずだったと反省したライスターは苦笑いを浮かべながら説明をする。

 「そう警戒しなくいても他意はありませんよ。相手は小国とは言え一国の女王です。と言う事は身分から考えてこちらは子爵自ら騎士たちを従えて出迎えるのが当然でしょう。そうなった場合、あなたは騎士筆頭として子爵の横に控えているべきです。ですから門での最初の出迎えは私とヨアキムが担当すべきだと考えただけですよ」
 「なるほど、そう言う事でしたか」

 ライスターの言葉の意味を正確に理解し、ほほを緩ませるリュハネン。

 「そう言う事でしたら、こちらからもお願いします」
 「はい、その役目、確かに承りました」

 その後、イングウェンザー一行を出迎える為の打ち合わせを少しだけした後、リュハネンは館の中へと戻っていった。
 その後姿を見送りながらヨアキムは少し心配そうな顔をして、隣にいるライスターに問い掛ける。そんな申し出をして、本当に大丈夫なのかと。

 「隊長、あなたも私と同じ元冒険者ですよね? 自分で言い出した事だし疑う訳ではないですが、本当に一国の姫を出迎えるなんて大役をこなせるんですか?」
 「おいおい馬鹿にするなよ、これでも騎士の位を得る時にかなりの座学と礼儀作法を叩き込まれているんだぞ。その中でも貴族や王族相手の礼儀は必須だからな。まぁ、任せておけ」

 心配顔の部下を前に、心配するなと笑顔でそう答えるライスター。実際騎士の称号を受けるにはそれ相応の作法の習得や知識が必要である。また、貴族や王族に対する礼儀作法などの知識は隊長を任されるほどの地位に着く者にとってはまさに必須と言えるものである。そうでなければ警護対象に不快感を与えてしまう事があるからだ。

 実際彼は元銀の冒険者とは言え軍に入って色々な経験を積み、その過程で騎士を目指すと決めた時から先輩の立場である元冒険者の騎士に師事して、その辺りはしっかりと仕込まれていた。

 「カロッサ子爵と面会しても不興を蒙っていない所を見ると大丈夫だとは思うのですが、それでも相手は一国を納める御方です。隊長の失態はそれすなわちカロッサ子爵の失態であり、我が帝国の失態でもあるのですからその辺りはしっかりと弁えてお役目をこなして下さいよ」
 「ああ、解ってる」

 何時に無く真剣な表情で忠告をしてくる部下に、ライスターは再度襟を正す思いだった。そうこの時は。しかし、次に続いた言葉で表情が一変する事になる。

 「私は隊長が愛しのシャイナ様を前にして上がりまくって大きなミスを犯すんじゃないかと、もう心配で心配で」
 「おまっ、珍しくまじめな事を言っていると思ったら・・・。お前、それが言いたかっただけだろう!」

 心配しているようで、実のところはからかうのが目的だったのかと激昂するライスターと、緊張をほぐしてあげようと思っただけですよと嘯くヨアキム。この二人の漫才は周りにいる騎士見習いたちを気にする事もなく、もうしばらく続くのだった。



 サチコが去ってから半刻程たった頃。
 子爵邸の門の前にはライスターとヨアキムが、そしてそこから少し館よりの場所にはこの館の騎士と騎士見習いたちが立っている。そしてその横、門の先からは死角になる場所には椅子とパラソルが設置されており、その場所にカロッサ子爵が座ってアルフィンたちの到着を今か今かと待っていた。

 「アンドレアスよ。そろそろ馬車が見える頃か?」
 「はい。館の物見から見た感じですと、そろそろ門からも見える頃かと存じます」

 ほんの少しの緊張をはらんだ声で聞くカロッサ子爵にリュハネンは少し腰をかがめ、礼をするような姿勢をとってそう答える。と、ちょうどその時、門の所にいるライスターがこちらを振り向き合図を送ってきた。アルフィン姫を乗せた馬車の姿が門からでも確認できたという知らせである。

 「いよいよだな。私は国を代表するものではないがそれでもこの帝国の貴族に連なる者、他国の姫を相手にすると言う事は相手の国の国威と我が国の国威がぶつかると言う事でもある。相手の方が位が上なのだから礼儀は尽くさねばならないが、気を引き締めて掛からねばならんぞ」
 「はい、ご存分に御働き下さい。私も微力ながら御力添えさせていただきます」

 二人の主従はこれから迎える、それこそ自分たちのこれからを左右するやも知れない程の大事を前に気合を入れなおすのだった。



 「隊長、馬車の周りにいる馬の鎧、4頭とも白じゃないですか?」
 「ああ、そうだな」

 まだ遠くではあるが、とりあえず色の識別くらいはできる。そしてその識別できた馬車を守る軍馬の鎧の色は全て白だった。馬車は普通のものより大きく、その後ろにもう一頭いたとしてもここからでは判別は出来ないから絶対とは言えないが、もしシャイナ様が騎乗しているのならば立場上最後尾につけていると言う事はありえないだろう。むしろ貴族という立場なのだから、一行の先頭につけていなければおかしいのだ。

 「何かあって来られなくなってしまったのでしょうか?」
 「ああ、そうだな」

 あの時シャイナ様はアルフィン様の護衛として共に子爵の館を訪れると仰られていた。と言う事は少なくともあの時点では同行をする御つもりだったのであろう。しかしこちらに向かって歩を進める中には紅い鎧を着けた馬も長身の騎士もいない。と言う事はだ。

 「領主の館を訪ねる為に、あえて目立つ鎧はやめて全部同じ色の鎧に統一したなんてことは・・・なさそうですね、隊長のその顔からすると」
 「ああ、そうだな」

 この時、横にいるヨアキムが何を言っているのか聞こえてはいるのだが頭にはまるで入ってはいなかったのだろう。そんな私を見かねて彼の叱責が飛んだ。

 「隊長。シャイナ様が御一緒なされていない事が気になるのは解ります。しかしあなたは今、この国を代表して貴賓をお迎えする立場にいるのです。シャキッとして下さい!」
 「ああ、ああそうだな。すまない。こんな事では大事な役目を果たす事はできないな」

 何があったのか心配ではあるが、その事とイングウェンザーの姫を迎え入れる仕事とは何の関係も無い話だ。

 そう思うと両手で顔を数回張り、気合を入れ直す。

 「ヨアキム、姿勢を正せ! 馬車の到着だ」
 「はい、隊長」

 馬車はまだ少し遠く、ゆっくりと並足で進んでいる為に到着するまで後5分は掛かるだろう。しかし、相手からはもうこちらの姿はしっかりと視認できているはずだ。ここは失礼が無いよう騎士の教示として姿勢を正し、都市国家イングウェンザーの一行を出迎える事にしたのである。



 「馬車が到着するようです。子爵、そろそろご準備を」
 「ああ、解った」

 そう言うと子爵は椅子からゆっくりと立ち上がった。すると横に控えていたメイド(リュハネンが特に重用している”あの”メイドである)がすかさず子爵の着ている服を調え始める。と同時に他のメイドたちがてきぱきと椅子とパラソルを片付けて、門の向こうからは死角になる場所を通る事に細心の注意を払いながら館の中へ下がっていった。そして仕上げにと子爵の服を調え終わったメイドが懐から荒神箒を取り出し、椅子とパラソルの置かれていた跡をはいて消す。

 その後、子爵とリュハネンが館の騎士たちと共に出迎える位置まで移動したのを確認してから当初の取り決めの通り邪魔にならない位置へと移動して、館から帰って来たほかのメイドたちと並んで控えた。これにより館の者たちの出迎え準備は全て完了した。

 しばらくして馬車が4頭の護衛騎士を乗せた軍馬と共に到着する。その普通の物と比べて遥かに大きく絢爛豪華な装飾で飾られた重そうな外見と異なり、車輪を軋ませる事も無く軽やかに停車する馬車。と同時に、御者台に座っていたメイドが降りて馬車の後ろへ行き、そこに据え付けられたトランクからタラップを取り出す。そしてそれを扉の前に設置した後、扉の下の細長い小窓を開き、そこにロール状にしまわれていた紅い絨毯のような物を引き出すとそれをタラップにかける。

 そしてやっと扉に手をかけ、静かに開くと彼女はその横に控えた。

 いよいよ姫の登場か? と色めき立つ一同。しかし最初に馬車の中から現れたのは長身で白髪と上品な口ひげを生やした優しそうな瞳の紳士。その服装からすると執事と思われる男性だった。その彼は、門の前にいるライスターたちに向かって一礼するとそちらに背を向け、誰かをエスコートするかのように馬車の方にその手を差し伸べる。

 するとその手に馬車の中に居た何者かの細く、褐色の手が添えられた。そして、誘われる様にゆっくりと姿を現したのは真紅のドレスを纏った長身の美しい女性だった。

 「(シャイナ様!? ああ、そう言えば共にするとは仰られていたがあの方もイングウェンザーの貴族だ。俺は考えを根本から間違えていたんだな。確かに馬に乗り、護衛としてこられるよりもこのようにして来られる方が自然ではないか)」

 顔になるべく出さないようにがんばってはいるが、先ほどまでは何かあったのではないかと心配していただけに、つい雰囲気にそれが出てしまう。そしてその視線は当然これから馬車から出てくるであろうアルフィンではなくシャイナの方に向いてしまい、やがて安堵から緊張が解けてしまい、思考もそのまま停止して彼の目はしばらくの間呆けたかのように彼女に釘付けになってしまった。

 そしてそんな時、それは起こった。

 「な、な、なぁっ!!?」

 突如その場に響く声にならない絶叫。あまりの事に何事が起こったのかと、色に呆けていた為に反応しなかった唯一名を除くその場に居た全ての者の目に映ったのは、地に膝をつき、土下座のような体勢で地に伏せるカロッサ子爵の姿だった。


あとがきのような、言い訳のようなもの



 ボウドアの村人たちと比べ、この館の人たちはシャイナやヨウコに異常な反応をしています。というのも、村人たちと騎士や貴族は美に対する認識が少々違うからです。

 生きる事に必死な農民に比べ、町で生活しているライスターや貴族であるカロッサ子爵、そしてその騎士であるリュハネンはある程度美しいものに対する審美眼が磨かれています。なので彼らは村人たちより、より一層強く美しいものに対して反応するのです。

 また、相手がかなり上の立場の人だった場合、その人から見た相手は美しいとかを判断する相手ではなく、ただ偉い人という部類になってしまうのも村人たちがアルフィンやシャイナに対して大きな反応を起さない理由のひとつになっています。彼らからしたら、偉い人が綺麗に着飾って自分たちより遥かに美しいというのは当然の事ですからね。

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